冷泉為恭@金刀比羅宮
平成十四年
岡山大学調査

金刀比羅宮と冷泉為恭

金刀比羅宮には冷泉為恭旧蔵の模本類がおよそ180本伝わっており、これほど大量にまとまって伝存しているのは他に類を見ません。これら模本は、為恭の画業を知る上で貴重な資料となるに違いありません。

その中心を成すのは、古絵巻の模写であり、他に、御神宝などの古器旧物類の写し、および、有職故実に関する資料の模写などが含まれています。これらのうち古器旧物、有職故実関係の模本は、古絵巻の描写を正確に理解し、考証するためにも必要な資料だったと思われます。
主な収蔵品
春日権現験記絵模本
琴棋書画図小襖
奈与竹物語絵巻模本
絵師草紙模本
放屁論絵巻模本
信貴山縁起絵巻
延喜加持巻模本
長谷寺縁起模本
餝車図
龍之図
冷泉為恭

冷泉為恭(一八二三〜一八六四)は、やまと絵の復興を自己の使命として活躍した幕末の画家として知られています。十七歳にして八十九巻もの絵巻物を見て熟知していたと言われています。その早熟な画才は早くより古絵巻の模写に向かい、天保十二年(一八四三)、十九歳時の「春日権現験記絵巻」の模写を手始めに、生涯にわたって多数の模本を制作しました。しかし、その模本への情熱が彼の人生には仇となってしまいました。若年より模本を通して親しんでいた「伴大納言絵詞」の原本を自ら模写するために、所蔵先である京都所司代酒井家に出入りした結果、幕藩体制側の人間と誤解され、尊攘派の志士から付け狙われることになってしまったのです。京都を離れ、逃亡生活を送るものの、結局は元治元年(一八六四)四十二歳の壮年で志士の襲撃を受けて命を落とす結果となりました。

(C) KOTOHIRAGU 2003 [Saturday, May 17, 2003 5:06:53 PM]