円山応挙 障壁画@表書院

邨田丹陵「富士一之間」「富士二之間」

一之間の床の間には、雪を頂く富士の雄大な姿が、淡墨で瀟洒に描かれています。南側襖まで引かれる富士の稜線の先には、濃墨・淡墨であらわされた樹木が低く林立し、室内を取り囲むかのように東側襖へと続きます。
富士の裾野は、鎌倉武士たちによる巻狩が行われた場所として知られていますが、一之間に続く二之間には、源頼朝の一行が鹿を追う様子が描かれています。

室中にひろがる裾野を駆け巡る武士たちは、鮮やかな著色によって描かれ、力強く躍動感にあふれています。

この二室は、邨田丹陵(1872〜1940)が、伊藤紅雲・吉沼晩汀・佐藤千浦とともに明治35年(1902)に来訪した折に描いたものです。丹陵は、東京生まれで、はじめ吉沢素山に学び、のち川辺御楯のもとで土佐派を学んだ歴史画家として知られています。

(C) KOTOHIRAGU 2003 [Saturday, November 30, 2002 5:32:36 PM]