旭社の屋根の銅板は、落成時は黒色に塗装されていた可能性があることがわかりました。
銅板に墨で書かれた文字が見られますが、黄金色の新しい銅板に目立つ黒色の文字を残すとは考えにくいので、上から黒色に塗装される(=文字が見えなくなる)ことを見込んで文字が書かれたと思われます。文字が何を意味するのかはまだ不明です。
旭社の設計が始まった当時、屋根を銅板ではなく瓦にする案もありました。今も残っている瓦の見本は黒色です。つまり、設計段階で屋根の色は黒色にすることに決まっていた可能性があります。
旭社(当時は金堂)の落成は弘化2年〔1845〕ですが、その36年後の明治13年〜14年〔1880〜1881〕に写実的な作風の高橋由一が描いた「琴平山遠望」に見られる旭社の屋根は黒色です。明治の初めまでは旭社の屋根は黒色であった可能性があります。
その後の大正4年〔1915〕の竹内栖鳳「大正度 主基地方風俗歌屏風」に描かれた旭社の屋根は黄金色です。
このことから、落成から36年〜70年後に屋根の銅板の黒色の塗装が失われたのではないかと推測されます。
もし黒色に復元するとして、江戸時代の銅板より純度が高い現代の銅板を同じように黒く塗装できるのか検討しています。